「スコアを読む前に&『感情を込めて』とは?」作曲家・指揮者:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その2)





 

はじめに

作曲の正門研一です。5月にこの『Wind Band Press』で、『なぜスコアを買って勉強した方がいいの?』とのタイトルで、スコアの活用と向き合い方に焦点を当てたコラムを掲載していただきました。多くの方にお読みいただいたようで嬉しく思います。ありがとうございました。

▼前回のコラムはこちら

https://windbandpress.net/15438

前回、少々長めの文章とはなりましたが、書き足らない点もありましたし、特に後半の「しくみ」について書いた部分については、より具体的な事例などをお示しできたら、という思いから、「続編」ということで掲載していただくことになりました。

今回は、まず前半で「作る・演奏する・聴取する」と題し、スコアを読む前に今一度確認しておきたいことを挙げていきます。後半は、「『感情を込めて』とは? 』」と題し、演奏・表現にあたって大切なことは何かを探ります。

では、今回もどうぞお付き合いのほどを。


作る・演奏する・聴取する

●音楽には、[1] 作る(それを楽譜にする)、[2] 演奏する、[3] 聴取するという3つの行為があります。

これまで楽譜とともに仕事をさせていただいてきた中で、上記の[1] 作る(それを楽譜にする)、[2] 演奏する、[3] 聴取するということについて、私が思うこと、その時その時感じたことをメモしてきたものがありますので、その一部を以下に記します。

[1] 作曲者は、自分の思いやメッセージを「楽譜(音符)」で表す。

・言葉で表すことのできない思いを表すこともあれば、何か特別な事象や物語を表すこともある。

・楽譜は不完全なもの → 一般的な記譜法では全てを表しきれない。

・楽譜に「忠実」な演奏を要求することがある(ただし、楽譜に記された記号の捉え方には個人差があるので、何をもって「忠実」というかは判断に迷うが・・・)。

・逆に、演奏者の感性による幅広い解釈を歓迎することがある(ただし、作曲者が伝えたいメッセージが歪められてしまうことも・・・)。

・特定の演奏者や楽団(の音)を想定して作ることもあれば、そうでないないこともある。

・作品のメッセージが聴衆よりも演奏者に向けられたものであることが少なからずある。

[2] 演奏者は、楽譜に込められたメッセージを読み取り、実際の音で表す。

・演奏者がいることで音楽が形になる。

・作曲者の単なる代弁者で良いのだろうか・・・?

・楽譜を読み取るためには音楽的な知識が必要。

・メッセージを読み取るためには幅広い知識や経験、学習も必要。

・音で表すための技能が必要。

・知識(や経験、学習)と技能が伴って初めて聴衆にメッセージを伝えることができる。

・演奏によって作品の価値が変わることがある。

・演奏によって作曲者が当初の考えを変えることもある。

・ある意味で、作品の最初の聴衆は演奏者。

[3] 聴衆は作曲者と演奏者のメッセージを同時に受け取る。

・聴衆がいることで音楽が成立する。

・聴衆の関心が、作品よりも演奏者に向けられていることがある。

・聴衆は耳だけで演奏をとらえていない(例えば、視覚の影響も受ける)

・特によく知られた作品の場合、聴衆はその作品に対する自分のイメージ(あるいは聴取経験)が判断基準となる。「こうなるはずだ!」と決めつけて聴いていることがある。

・単調な演奏には注意を払わなくなる(たとえ技術的に破綻のない演奏であっても)。

・聴衆は演奏されている作品の楽譜に書かれている情報を全て理解しているわけではない(また、全てを知っておく必要もない)。

・楽譜を知っていなくても、演奏中の「変化」が意識されたものなのか、無意識のものかを判断することはできる。

これらは、「こうでなければならない」などというものでは当然ありませんが、私自身が活動する上でベースとなる思考の一部にはなっています。今後の活動(経験、学習)によりこれらが変化していくこともあるでしょう。

[1] 作るという行為は、必ずしも「楽譜にする」ということとイコールであるとは言いえない。いわゆる「クラシック音楽」以外のジャンルに目を向けてみれば分かると思いますが、例えば「民謡」などのように、基となる楽譜が存在しない、あるいは私たちが現在普通に使っている五線譜とは異なる形で記録され伝えられてきたような音楽も存在するわけですから。現在私たちは「楽譜があって当たり前」という環境にいます(もちろん、楽譜を必要とせずに優れた活動をなさっている方もたくさんいらっしゃることは知っています、ジャンルを問わず)。「なぜ楽譜が必要なのか?」、「楽譜の成り立ちや歴史は?」などをここで深く掘り下げて考えることはしませんが、さまざまな記譜法が考えられたりもしてきた中、今の五線による楽譜が受け継がれてきたのには何か大きな理由があるのでしょう。私自身が楽譜を必要とする環境下で仕事をさせていただいておりますので、これからも楽譜そのものについていろいろと考える機会はあるかもしれませんし、そうした機会を持ちたいと思っています。


「感情を込めて」とは?

●ところで、皆さんは演奏(練習)に際し、「感情を込めて」と指揮者あるいは指導に当たられる方から言われたことはありませんか?「感情を込めて」というのはどうにも大雑把なような気はします。せめて「ここはこのような気持ちで」と指示してくださればいいのですが・・・。

「感情を込めることが上手に歌うためのポイントです。」などと書かれた文章、サイトを見かけることもあります。逆に、「感情を込めてたら歌ってられない。その感情は歌詞に込められているので、それをいかに伝えるかを工夫する。表現者が優先すべきことは「感情を入れること」ではなく「伝えること」。伝えるということをさておいて、感情を入れて歌うというのは、ただの自己満足だ。」と力説されるボイストレーナーの方もいらっしゃいます。

「感情を込める」、あるいは「感情表現」とはどういうことなのでしょうか?

●「感情表現」というと、「強弱のつけ方やテンポの揺れ具合などを工夫してみましよ」と思えるような演奏に(吹奏楽コンクールの審査をするときなど)出会うことがあります。また時には、「作品に対してどんな想いで取り組んでいるのだろう」と感じることも・・・。果たして、「感情表現」とは「強弱のつけ方やテンポの揺れ具合などを工夫してみましたよ」ということなのでしょうか?

●「感情を込める」ということについて、私はふたつの側面があると思うのです。ひとつは「作品自体が持つ感情」あるいは「作曲者の思いや考え」を探るということ、もうひとつは「演奏者自身の作品に対する感情」を表すということです。

私の経験では、後者の方が優位の演奏に出会うことが多いように思っています。「参考にしている音源がそのように演奏しているから」ということも多分に影響しているかもしれませんが・・・。後者が優位となると、冷静に演奏(あるいは音そのもの)をコントロールすることが難しくなることがあります、それは作品への共感の度合いが増せば増すほど。別の言い方をすれば、「演奏者自身の作品(あるいは作曲家)に対する感情」によって「作品自体が持つ感情」がコントロールされかねない・・・。この点は、シモン・ゴールドベルク(1909~1993)という著名なヴァイオリニスト(若くしてフルトヴェングラー時代のベルリン・フィルのコンサートマスターを務め、晩年は日本に居を構え演奏、教育活動を行ないました)も「注意すべき」こと述べています。

●話は少し逸れますが、音楽は置かれる状況によって違った意味を持たされてしまうことがあります。サミュエル・バーバー(1910~1981)は、『弦楽のためのアダージョ』(元々は『弦楽四重奏曲』の第2楽章)について、「葬式のために書いたんじゃない」と嘆いたそうですし、私の同じ年代の方なら、シュワルツェネッガー出演した医薬品のCMで、ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906~1975)の『交響曲第7番(レニングラード)』が「ち~ち~ん、ぷいぷい!」と呪(まじな)いをかけられていたのを覚えていらっしゃる方もいるでしょう(曲の背景を考えると少々複雑な気分になったことを覚えています。私は未だにこの作品を冷静に聴くことができないことがあります・・・)。

作曲家の多くは、「上手な演奏」以上に「作品の意図を十分にとらえた演奏」を望んでいるものです。

●演奏する人が心得ておきたいことのひとつは、音をコントロールすることです(この点については、別の機会に詳しく触れようと思います)。そのためには、前回書いたように「しくみ」をとらえることが大切なのです。また、「作品自体が持つ感情」あるいは「作曲者の思いや考え」を探るにも「しくみ」をとらえることが大切です。「しくみ」にのっとって演奏することができれば、「工夫してみました」という強弱のつけ方やテンポの揺れ具合(あるいは音の「溜め」)もより説得力を増すのではないかと思います。

上記のボイストレーナーの方もこうおっしゃっています。

「ついつい感情が込み上げてくる瞬間というのは少なからずある。

それをいかにコントロールし、「伝える」ことに徹することができるか。

それが「表現者」に最も必要なことだ。」

●結局、私はこう考えるのです、「感情を込める」という言葉には二つのパーターンがあるのではないかと。

(パターンA)

先生「この曲のこの場面、君はどのような気持ちになった?」

生徒「私はこの場面を演奏する(聴く)と、○○な気持ちになります。」

先生「その気持ちをもっと出せるといいね!」

(パターンB)

先生「この曲のこの場面、作者はどんな気持ちを歌った(込めた)と思う?」

生徒「私は、作者が○○な気持ちを込めたのではないかと思います。」

先生「どうすれば、聴いている方にそれを感じてもらえるか考えてみよう!」

皆さんはどちらのパターンでしょうか?

●演奏や上演を意味する英語で、「パフォーマンス(performance)」という言葉があります。もう日常でもよく使いますよね(演奏や上演以外のことであまり良くない意味で使われることもありますが・・・)。もうひとつ、演奏を意味する英語には「プレイ(play)」もあります。私は、「作品」を演奏・上演する場合には「パフォーマンス」、単に楽器を奏でる場合は「プレイ」、と捉えていますが・・・。

「パフォーマンス」と「プレイ」の違い、皆さんはどう考えますか?

「パフォーマンス」には、「form」という語が含まれていることから、「形づくる」ことが求められているようにも思います。「実行、遂行」という意味もあります。そこから広がって、「伝える」という意味も含まれてくるように思います。ということは、そこに「受け手」がいるということ、「実行、遂行」のためにはプランがあり、準備されているということが前提となりますよね。

であるならば、上記の「感情を込めてたら歌ってられない」とおっしゃるボイストレーナーの方の言葉は十分納得のいくものです。もっとも、吹奏楽の場合、歌詞のある作品は極わずか。込められた感情は楽譜(あるいは「しくみ」)から読み取るしかありませんよね。

さあ、スコア(楽譜)を前に皆さんが今取り組もうとしているのは「パフォーマンス」でしょうか、それとも「プレイ」でしょうか?

●この項を書くにあたって参考にしようと思い、小学校の「学習指導要領」に目を通してみたのですが、そこに「感情を込めて歌う(演奏する)」という意味合いの記述を見ることはありませんでした。

特に目を惹いたのは次のような記述です。

※「歌唱」についてもほぼ同様の記述がされています。

学校吹奏楽(学校ばかりとは限らないでしょうが)の現場では、上記の「ウ」に重点が置かれているかもしれません。「ア」や「イ」がどうしても後回しになっていませんか?

この中で、私は、もしかすると「思いや意図をもつ」ということが、「感情を込めて・・・」ということにつながっているのかもしれない、と考えたのですが・・・。

さて、「表現」と「鑑賞」の共通事項としてこのような記述もあります

さらに、「曲想」ということについて、

と記されています。

「音楽を形づくっている要素」、「音楽の仕組み」、「音楽の構造」などの言葉が出てきますよね。これらは、それこそ「スコアリーディング」でつかんでおきたい事柄です。

繰り返しますが、これは小学校の「学習指導要領」ですが、学校吹奏楽の現場でも大いに参考になる内容であると私自身は思っています。


おわりに

●皆さんは、音楽(作品)はいつ完成すると思われますか?

作曲家が終止線を引いた時でしょうか?

私は、「音楽は聴く人がいて完成する」「聴く人の耳と心が音楽を完成させる」などと思いながら私は演奏活動をしてきました。「楽譜を仕上げただけでは作品が完成したとは言えない」と思いながら創作活動もしています。

このコラムをお読みいただいている方の多くは、「演奏する・聴取する」という視点はお持ちだろうと思いますが、どうぞ、ご自分が今向き合っている作品を完成させるのだ、私も音楽を作っているのだ、という気持ちで臨んでいただければ幸せです。拙文がそのきっかけになれば嬉しく思います。

また、「感情を込める」ということについても、今一度みなさんにも考えていただける機会となれば嬉しく思います。

さて、次回からは、「スコアリーディング」の方法について探っていきます。

「しくみ」、「音楽を形づくる要素」を分類し、各要素について触れていきます。

今回もお付き合いいただきありがとうございました。


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正門研一氏プロフィール:

武蔵野音楽大学卒業(音楽学)。

1998年、第9回朝日作曲賞(吹奏楽曲)入選。

2003年4月~2005年12月、北九州市消防音楽隊楽長。

2006年1月~2017年3月、大分県警察音楽隊楽長。

2008年、国民体育大会等の式典音楽制作及び式典音楽隊指揮。

行進曲「エンブレムズ」(1999年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)をはじめ、吹奏楽、管楽器のための作品を多く作曲。

作品は国内のみならず、アメリカなどでも演奏されている。

作編曲活動のほか、コンクールの審査員や研究、執筆活動も行っている。




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